2009/07/05 13:52 [Sun] category: 詩歌 愛してるにも聞こえた さよならにも聞こえた どっちか判らないのなら幸せなほう信じたいけど
それでも女だから 悔しいけどそうだから 言葉じゃ言えないこともある でも言葉じゃなきゃ伝わらない事もある
恋をして 焦がれて らしくないことも判っていて ついついまたその気になって 期待して 支度して おしゃれしていそいそと 鳴らない電話抱きしめて 期待して 結局は 今日もまた待ちぼうけ 馬鹿みたい 篠原美也子「馬鹿みたい」(『河よりも長くゆるやかに』所収)
疲れたときには、詩集や歌集がいい。 頭を使わず、気負わずにぱらぱらと拾い読みできる。
そんなわけで、取り出したのが馬場あき子。 ▽ 馬場あき子歌集 (現代歌人文庫 15)
ポップスでもそうなのだが、やっぱり、何つーか女の歌だなあ、とか、 男の歌だなあ、とか、読みながら思うことがたまにある。
なおしばし生きのほてりのつづきおる 無明長夜の父の骸(むくろ)よ
さざんかの咲く冬となり霜となり 生きのこりゆく母が妄執
苦しみて 忘れしことば歩みおる 春の堤の夕風の色
身うちより痛みのきざす頬照りに 空を降りくる花の冷たさ
季節逝き風ゆき噂流れゆき 存えておもむろに散るさくら見つ
咲きつぎて 散りつぎて身に余るもの 朽たしゆくなり椿の真昼
無限花序そらに紛るるばかりにて 紺よいつよりわが胸に棲む
累年を何釣りてきし父と子ぞ 見えざる糸の引く地獄見ゆ
いや、もう少し関連性を持つ引用をしろよ、とも思いつつ(笑) ぱらぱらめくりながら抜き出してみる。 あんまり「女」とは関係ないのだが、 やっぱり、何となく感性的に「女だなあ」とか、 詩歌には結構感じる事が多い。
まあ、作者が判らず読んでいて、 「これ女が書いてるでしょ」と言えるかどうかは、判らないとしても(苦笑)
何だかこう、フツーに恋愛とか歌っているような判りやすい歌ではなく、 述懐とか思想とかそういうものを歌っていても、 判る判らないよりもまず胸に来る、というのは、 やっぱり女の歌の方が多いような気もする。 きさらぎの感性が女だからかねえ。
身うちより痛みのきざす頬照りに 空を降りくる花の冷たさ
こういうのは、男には詠めないんじゃないかなあ、と思うのだが。 どうだろうか。
テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学
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