「首相物語」4 第4、6代 松方正義

2008/12/09 (火)  カテゴリー/本の話

【第4、6代 松方正義】

きさらぎによってすっとばされていた、山県の後を継いだ首相。
う〜ん、すっ飛ばされた事が物語っているが(←責任転嫁)、
この記事も印象が薄い。
どうも、この松方という人の印象が薄いのだなあ。

元薩摩藩士の四男坊。
元々、「創成期の大蔵省の放漫財政」を批判する
地方官として頭角を現したお方。
ということで、財政手腕については手堅いものがあった。
(「松方デフレ」という言葉まであるらしい)
で、著者も書いているごとく、
「国政全体を総理する手腕が松方にあると考える者は少なかったが、
他に引き受ける者がいなかった」という
消極的・消去法な理由で、首相に就任。
首相以外は山県内閣の全閣僚を引き継ぐという、
これまた印象の薄いスタートであった。
後にロシア皇太子狙撃事件(大津事件)の責任を取って、
元勲級の閣僚がことごとく閣外へ出たため、
内閣・元勲の二重権力構造が出現し、「黒幕内閣」と陰口を叩かれる。
伊藤博文や農商務大臣陸奥宗光は、松方の統制力不足を心配して、
「政務部」を創設したというから、どれだけ指導力がなかったんだ(苦笑)

結局、印象が薄いのも道理で、
モラルがないのがモラルのようなお方。

「伊藤は挙国一致の中心となる自信があり、
山県は反政党感情が激越であった。
松方には両名のような自負・信条がない。
彼を補佐する薩派閣僚にも軍人らしい合理主義があった」

がまあ、モラルがなくても調整型の首相になればいいのだが、
どうもそこまで統率力も調整力もなかったのか、
あちらを懐柔こちらを説得しながら場当たり的に対応する中、
松方内閣は迷走、総辞職にいたる。

結局、この人が「やった」といえるのは、第二次内閣のときの
金本位制の導入ぐらいかなあ、という感じである。
これだけはこの人が率先してやった、という印象がある。
やはり根が財務官なのだろう。
各内閣で蔵相を歴任しており、首相に就任しても蔵相は兼務している。

「…いずれも自由党が批判しにくい政策ばかりであり、
政党間競争は低調であった。
その間、内政・外政でスキャンダルが相次ぎ、
内閣の求心力は低下するが、松方の無為もあって倒壊には至らない」

ガタガタの状態で議会運営は続くが、
地租増税を巡って与党内で亀裂が生じ、
松方は衆議院を解散、同日に総辞職というとんでもない事をやらかして
周囲を唖然とさせるのである。

う〜ん。「責任者出て来〜い!」的な所業だなあ。
政権投げ出しの元祖かもしれん(笑)

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