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猫4匹と暮らす日々の出来事と、お出かけ記録や交友記、 本や映画の感想など(since 2005.2.24)
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「首相物語」5 第12、14代 西園寺公望 1
2008/12/12 05:41 [Fri]
category:本の話
【第12、14代 西園寺公望】
ちなみに、11、13、15代首相は桂太郎である。

さて、真打登場、っつーか。
有名な、「最後の元老」こと西園寺公望(さいおんじ・きんもち)である。
名前からしてバリバリのお公家さん。
15歳から明治天皇に仕え、1924年、松方正義(既出)が死去すると、
「最後の元老」となり、1940年の死去まで天皇へ首相を推薦し続けた。

この「首相物語」の本を読んでいると、
第35代平沼騏一郎(1939年首相就任)まで
「元老西園寺の懸念」とか出てくる。
いつまで生きてんねん〜!っつーか、
いつまで発言し続けんねん〜!と思ったものである(笑)

この方、養子である。
精華家、徳大寺公純の次男として生まれた。
兄は後に侍従長として明治天皇に仕えた徳大寺実則。
3歳で西園寺家の養子となる。
年少から馬術・剣術を学び、王政復古を論じ、
戊辰戦争で山陰道鎮撫総督として従軍。
進取の気性に富んでいた。
20歳前にフランスへ留学。20代のほとんどをフランスですごす。

当時の西園寺は結構傲岸なところもあったらしい。
店で友人が誤ってガラスを割ったところ、
ガラス代を請求したボーイの態度にカチンと来たらしい西園寺は、
「ガラス代を払えば文句はないな」と確認を取った上で、
ステッキで店のガラスをことごとく叩き割った上で、
ガラス代を払い、
「代金を払ったのだから、
このガラスは何かに包んで持って帰ろう」
と言ったとか。

まあ、家柄が家柄なのもあるだろうが、
とにかく何かを嵩にきて居丈高に出る人間を見ると
カチンとくるようだ(笑)
後にも、日露戦争で満州権益を手に入れて、
現地の将軍に横柄な態度を取った陸軍軍人を
「何だ貴様っ!」と一喝したりしている。

さて、若き西園寺公、
フランスでは急進的共和思想を身につけて帰国。
新聞社の社長までやってしまうが、天皇の「御内勅」を受けて退社。
この辺、やっぱお公家さんね(笑)

1882年、伊藤博文の憲法視察に随行したのを機会に
伊藤と親しくなり、伊藤内閣で2度入閣。
その縁で、伊藤が創立した政党「政友会」の委員となり、
後に総裁を引き受けた。
「伊藤公が私にやれというから、
御用に立つ事なら引き受けましょう」という姿勢であった。

そんなわけで政治的にははなはだ恬淡で、
政治的識見は高いが、名誉欲・権力欲がなく、
政治熱も執着心も希薄であった。
党務は原敬や松田正久に一任し、
大磯の自宅に引きこもって多趣味かつ文雅な生活を送った。
西園寺は非常に物腰や言動の丁寧な人で、
大臣だろうが芸者だろうが、とにかく自分の「客」であるから、
決して差別するなと家人に厳命していたという。

というところまでが前半生。

きさらぎは、この人を書き終わったら
ちょっとペースを上げようと思っている。
……というか、こんな「人物列伝」をやる気は元々なくて、
単にその人で気になったことを備忘録代わりにメモっていこうと
思っていただけなのに(1記事に4〜5人ぐらいちょこちょこと)、
何でこうなったんだ。自問。

まあ、この人は一応今までの形で書く。
ということで、以下続く。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

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